BACK TO 1991

1991

“新たな幕開けと変革の91年”

1991年、その年は90年代を象徴するNEWスターの誕生と分岐点となった年である。

1991
NIRVANA

1991
SOUNDGARDEN

1991
PEARL JAM

まず90年代を大きく動かした一大ムーブメント”グランジ”シーンの誕生である。

1991

いまやグランジのアイコンとまでなったカート・コバーンのバンド『NIRVANA』(ニルヴァーナ)が最大のヒットを叩き出したアルバム”Nevemind”がリリースされた。94年にカート・コバーンが他界したことにより、その価値はより高まり現在も売れ続け全世界で4000万枚以上のセールスを記録している。

彼らのヒットによりムーブメントに拍車が掛かり、グランジ/オルタナティブ・ロックは認知されることとなった。

1991

それをきっかけにカリスマとなったカート・コバーンが「奴等にはかなわない」とまで絶賛させたロックバンド『SOUNDGARDEN』(サウンドガーデン)の3rdアルバム”Badmotorfinger”もリリースされ、3枚目にしてようやく全米トップ40入りを果たした。

1991

さらにNIRVANA、SOUNDGARDENに次ぐシアトルから『PEARL JAM』(パール・ジャム)がデビューを果たした。その年にリリースしたデビューアルバム”Ten”は先陣を切ったバンドのブレイクも手伝い、いまやシーンを代表する看板アーティストの印象を強烈までに植え付けた。

1991
HOLE

1991
SMASHING PUMPKINS

1991
DINOSAUR Jr.

まだまだ勢いはとどまることを知らない…。

1991

カート・コバーンの妻にしてミュージシャンであるコートニー・ラブのバンド『HOLE』がSONIC YOUTHのキム・ゴードンをプロデューサーに迎え”Pretty on the Inside”で鮮烈なデビューを果たした。

1991

そして、そのコートニー・ラブの元交際相手でも知られるビリー・コーガンのバンド『SMASHING PUMPKINS』(スマッシング・パンプキンズ)も時を同じくして”Gish”でデビューを飾っている。

1991

それらのバンド達に尊敬の眼差しを浴びている『DINOSAUR Jr.』(ダイナソーJr.)がその名を世界に伸しあげるきっかけを掴んだ4thアルバム”Green Mind”をリリースした。まさにグランジ/オルタナティブ戦国時代の幕開けであった。

果ては合戦の降り注ぐ矢の如く、いまではスタジアムクラスとなったバンドから様々なジャンルのバンド達も続々とアルバムをリリースするに至った。

・『U2』(ユートゥー) – “Achtung Baby”
・『RED HOT CHILI PEPPERS』(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ) ”Blood Sugar Sex Magik”
・『METTALLICA』(メタリカ) – ”Metallica”(ブラックアルバム)
・『ANTHRAX』(アンスラックス) – “Attack of the Killer B’s”
・『GUNS N’ ROSES』(ガンズ・アンド・ローゼズ) – “Use Your Illusion I&II”
・『MY BLOODY VALENTINE』(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン) – ”Loveless”
・『PRIMAL SCREAM』(プライマル・スクリーム) – ”Screamadelica”
・『BLUR』(ブラー) – “Leisure”
・『MASSIVE ATTACK』(マシッヴ・アタック) – ”Blue Lines”
・『TEENAGE FANCLUB』(ティーンエイジ・ファンクラブ) – “Bandwagonesque”
・『PIXIES』(ピクシーズ) – “Tromple Ie Mondre”
・『R.E.M.』(アール・イー・エム) – “Out of Time”
・『A TRIBE CALLED QUEST』(ア・トライブ・コールド・クエスト) – “The Low End Theory”
・『2PAC』(トゥーパック) – “2Pacalypse Now”

など、まだまだ挙げるとキリがないほど時代を席巻したアーティストが世に出るきっかけとなった良質なアルバムをリリースした。

まさに1991年は時代を変えた黄金期といっても過言ではない。

いまだなお一線で活躍しているアーティストも多く、これからのシーンにも影響を与え続けていく、そんなエネルギーに満ちあふれている力強さを感じる。

洋楽離れが懸念されている日本の若者にも伝えたい。

言葉の壁はあれど彼らの様なエネルギッシュなバイブスを全身で感じてもらいたいということを…