天に召された若きプロスケーター ディラン・リーダー

ディラン・リーダー

【28歳でこの世を去った天才 ディラン・リーダー】

ディラン・リーダー

2016年10月12日に一人の若き天才がこの世を去った。Dylan Rieder (ディラン・リーダー)
享年28歳。白血病であった…。

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彼はプロスケーターとして名が知られた人物でありましたが、甘いマスクと抜群のスタイルが買われ、モデルとしても活躍の幅を広げていました。

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2014年にはDKNYの広告塔としてカーラ・デルヴィーニュやA$AP ROCKYらと共にモデルを務め、VOUGEやGQ、Papermagなどにも取り上げられなど若手期待の有力株として頭角を現していました。

9歳でスケートを始めたディランは、18歳でプロデビューを果たし、SupremeやHUFといった今をときめくブランドからもスポンサーを受けていました。

しかし、彼の独特なスタイルは度々物議を醸し出し話題となるほどでした。

上質なジーンズにボタンを上まで留めたシャツをタックインさせ、ローファーを履くフォーマルなスタイルでスケートを滑る、これまでのイメージとは真逆なスタイルでストリートからかけ離れた独自のスタイルを築き上げ、ファッションとスケートカルチャーを結びつけた、新たなスケートファッションを確立させた第一人者であります。

2010年にGravisのビデオを公開した途端、街中に彼の真似をしたスケーター達で溢れかえるほど、スケートファッションの地位を高め、以降スケートブランドがハイストリートのイメージへと押し上げる要因を築いたのであります。

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そのスタイルを作り上げたものは、彼が日頃からアートや音楽などに熱い情熱を注ぎ、自分自身にしかない魅力を存分に表現した結果なのであります。

彼が亡くなった時には各業界から多くの追悼の言葉が述べられ、かの有名なオジー・オズボーンも悲しみのメッセージを捧げたほどでもあります。

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スケート界に変革をもたらし、ファッション界にも新たな風を呼び起こしたディラン・リーダーの名はこの先も永遠に語り継がれることでしょう。

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最後に彼が残した逸話を語ると、いまやスケート業界は大会を行なえば、様々な企業が参入するビッグビジネスとして成り立っています。そこでライダー達は企業のロゴがデザインされたアイテムを身に付け、広告としても宣伝に一役買っています。しかし、ディランはそんな場でも自分のスタイルを崩さず、プレーンなTシャツにスリムなジーズンで登場し、ロゴの一つも入っていない出で立ちで、ビジネス化されたそんな現状にツバを吐くかのごとく、カメラの前で中指を立てるなど反旗を掲げました。

彼にとって一番大切なのは“オリジナリティー”であり、世間が作り上げたものには価値がないと言わんばかりに、それを貫いたストイックな人物でもありました。

R.I.P. Dylan Rieder (1988/5/26 – 2016/10/12)


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