DAVID BOWIE – BERLIN TRILOGY

berlin trilogy

“壁を打ち壊すベルリン三部作”

今年の1月10日に音楽界の英雄がこの世を去った。

音楽界のみならずファッション界、映画界などに幅広く影響を与え、多大なる功績を残した。偉大な英雄の死を惜しむ声は、未だなお止まない。

DAVIDE BOWIE(デヴィッド・ボウイ) 享年69歳

彼がリリースした作品は数知れず、どの作品にもしっかりとしたコンセプトとテーマがあり、毎回、良い意味で期待を裏切り続けてきた。

berlin trilogy

中でもベルリン三部作と呼ばれる、三作品に渡るアルバムも語り継がれる名作として呼び声高い。

それは70年代、ドイツ・ベルリンの壁が崩壊する前のベルリン西部へと移り渡った際に製作された。

そこで彼は元Roxy MusicのメンバーでTalking HeadsやDevo、U2などの楽曲をプロデュースしたブライアン・イーノと共にアルバムのレコーディングを行なった。

1977年1月に一部目となる10作目のアルバム『ロウ “LOW”』をリリース。ドイツが産んだ世界最高峰の電子音楽グループKRAFTWERKとTANGERINE DREAMに影響を受けたクラウト・ロックスタイルで、これまでにないスタイルを打ち出しリリースの成功を収めた。あまりにも以前とは違ったスタイルであったため、レコード会社は損益に不安をもたらせたが、本人は一貫したスタイルで実験的な姿勢を貫き、それが功を奏した結果を呼んだ。

同年7月には二部目となる11作目のアルバム『英雄物語 (ヒーローズ) “Heroes”』をリリース。ボウイの宣材写真としてこのアルバムのジャケットデザインが多く用いられているので一度は見たことがある方も多いはず。ちなみにこの写真を撮影したのは日本人フォトグラファーの鋤田 正義である。彼は多くのミュージシャンと交流が深く、T.REXやYMO、忌野 清志郎などを被写体に作品を残している有名な写真家である。

前作、同様クラウト・ロックの流れからNEU!の楽曲にもインスパイアされアルバムタイトルと同楽曲の”Heroes”が誕生し。ボウイを代表する楽曲となった。

そして、1979年に最終章の三部目となる12作目のアルバム『ロジャー (間借人) “Lodger”』をリリース。前2枚のアルバムで見受けられたインストサウンドは鳴りを潜め、ポップな楽曲が脇を固め、これまた成功を収めた。

それまで成功の影で彼は薬物に侵されていた。中毒と化したボウイは自分自身を見失い、人間崩壊の道へとまっしぐらであったが、その彼を救ったのがベルリンでの生活であった。

当時、壁で隔てた都市ベルリンでの生活は彼にとってあまりにも衝撃的であった。それまでイギリスやアメリカでは自由な生活を送っていた中、退廃感漂う都市での生活は彼に変化を起こさせた。

窮屈に思える生活を送るドイツ人は団結力の強さと忍耐力で先行くの見えない情勢の中、小さな幸せを求め暮らしを送っていた。その一手を担ったのがボウイである。

国会議事堂前のコンサートでは、壁の向こう側にいる人々も彼の音楽を聞き入り、彼と共に歌を歌っていた。東西、壁で仕切られた都市。その壁を越え都市中、そして国中に影響を与え、人々に生きる糧を与えたのである。

それを物語っているのがドイツ外務省が死去のニュースを受けこうコメントを残した。

「さようなら、デヴィッド・ボウイ。そしてあなたは今、『ヒーローズ』の一員ですね。ベルリンの壁の崩壊に力を貸してくれたことを感謝します」と。

そして、彼が住んでいたベルリン西部のマンションには花束やキャンドルなどが献花された。

ボウイは人種、言葉、政治、社会、性別、全ての壁をぶち壊した。
音楽というコミニケーションを使って。
彼に救われた人々、彼を救った人々、そうしてボウイは人生を謳歌した。
その人生の1ページにはベルリンでの生活が刻まれている。